多くの方が「?」な題名になってしまっていると思います…。

5年程烏龍を見てきて、そして地元静岡でレベルの高い日本茶の現場も見させて頂いたり…その中で頭の中に浮かんだ言葉です。

烏龍を考える

製茶をしながら烏龍の欠点をどう消し、カバーしているのか考える…


少し前に今年の夏はとても充実していると伝えた。
僕は台湾で烏龍の素晴らしさだけを学び伝える為だけにここに来ているのではない。。

元々烏龍云々ではなく「茶」を学ぶために来た。
自分の中に色々な知識がつくにつれ、烏龍というものがどのようなお茶であるのかというのも深く見えてきている、と…自分では思っている。

効率化された日本茶と違い烏龍は手間がかかる。
葉を酸化させるという工程から、未だに機械化は難しく手間がかかり、他の部分でも同じ事がいえる。

大先生と

烏龍を炒り蒸す為の殺青機  ※本日は久しぶりに大先生と2人での作業でした


日本の蒸し製煎茶と比べ烏龍は葉を炒る(厳密には炒り蒸し)事で酵素活性をとめる。
以前、知り合いの方に烏龍茶の工程でこの炒る作業を日本茶の「蒸し」にしたらどうなるか?と聞かれた事があるのだが…

これはそもそもほぼ真逆に近い考えがあるので、成り立たない。。

だから、烏龍には「炒る」という作業が必要不可欠なのだがこれが今日の題名にした理由です。
しかしこの「炒る」という工程はとても不安定な要素が多い。

普通に考えてもわかると思うが柔らかい葉の部分と硬い茎の部分、熱の入り方に違いがあるのは容易に想像できると思う。

手摘みなどである程度素材が揃っていれば全体を合わせやすいが葉の徒長する夏などはこれはほぼ不可能に近い。
ではそれをどうするのか…。

夏の烏龍

夏の葉は欠点が生まれ易い為、どこかを諦めカバーすることが必要なのではないか…


この夏僕が色々と考えてみている部分というのはそのような点が主だ。
ほぼ不可能ならどこかを諦めるしかないし、その後カバーできるならそうするだろう、それが引き算とカバーという言葉になった。。

製茶工程にはそれぞれ名前がついているがその裏の意味、役割を探っているのがこの夏。

今回はかなり難しい内容でわからない人の方が多いと思うがそれはそれで問題はないと思っている。
実際に文字だけの説明ではイメージがわきづらいので、今後セミナーや教室などでこのような事を含めて烏龍を伝えていけたらと思っています。

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